年々、規模が拡大しているコンサルティング市場。戦略立案を手がける伝統的な外資系コンサルファームに加え、総合系・会計系、国内系、さらにはベンダー系まで、コンサル業界は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相だ。一方で、コンサルの質や使う側の姿勢が問われ始めている。本連載では、ボストン コンサルティング グループ(BCG)の元代表・堀紘一氏と元同社のコンサルタント・津田久資氏が、コンサルティングのあるべき姿を考察した『本物のコンサルを選ぶ技術』(堀紘一、津田久資著/クロスメディア・パブリッシング)から、内容の一部を抜粋・再編集。失敗しないコンサルの選び方と付き合い方を解説する。 第4回は、津田久資氏の視点から、「コンサルティングを成功に導くために企業側が留意すべきポイント」を解説する。 ■ コンサルがファシリテーターになるといい 私自身は堀さんのようなカリスマ性があるわけではありません。自分で引っ張っていくのではなく、クライアントの企業の人たちにも参加してもらって、「一緒に考えよう」というスタイルを通しています。 具体的に言うと、企業の人たちにプレゼンテーションをしてもらいます。会社の売り上げや利益率を上げるためにはどうするか? シェアを拡大するためにはどうするべきか? 企業の人たちにまず考えてもらうわけです。 そのプレゼンを聞きながら、私は「ここはこう考える方がいいのでは?」とか、「なぜその考えにいたったのか?」、「いまの話は論旨が通っていないように思うけど、他の人たちはどう考える?」というように、質問したり話を振ったりするのです。 いわゆるファシリテーターとして、プレゼンの後の意見交換、議論を深めていく役割に徹するのです。 私は以前、博報堂時代にマッキンゼーに派遣されるような形で、キリンのコンサルティングを手伝ったことがあります。そのときに、このようなクライアント参加型のやり方を学びました。 参加型にすることで、クライアントが自分たちで考え、自分たちで答えを見つけるという最も大切なことを身につけてもらうことができると考えています。 議論を通して問題を発見し、解決していくことの面白さ、醍醐味を知ってもらうことはとても有益です。しかし残念ながら、多くのクライアントはその醍醐味を自ら放棄しているのが現状です。
■ 中途半端に知識を身につけると、逆効果なことも 実際、コンサルタントにすべてをお任せするという姿勢の会社は少なくありません。 お金を払ってコンサルタントに来てもらったのだから、何かためになる話が聞けるはずだとか、自分たちのわからない問題点を教えてくれるはずだというような、完全受け身の姿勢です。 そういう会社はおそらく普段から、自分たちで考えるという習慣がないのでしょう。 コンサルに対して、「ここが問題だからこういう方向に改善したい」などと、具体的に要望を伝えてくる人は驚くほど少ないです。 ある飲料メーカーに頼まれてコンサルに入った際も、ヒット商品に代わる新商品をどうしたらいいか、というざっくりした依頼内容でした。 依頼がざっくりしていると、こちらのリアクションも同様にざっくりしたものにならざるを得なくなります。つまり、負の連鎖です。 考えることに関して企業の大小はあまり関係なく、大きな企業なのに驚くほど人任せの会社もあれば、小さいけれど社員一人ひとりが自分の頭で考える習慣がついている会社もあります。前者の会社に当たってしまった場合は、何を言っても打てど響かずで、苦労します。 別の意味で苦労するのが、勉強が好きな会社です。 たとえば、見込みがある社員をやたらとビジネススクールで学ばせたりする会社があります。言葉は悪いですが、とにかく何か学ばせることで、社員の能力がアップするという幻想に憑りつかれているのです。会社側としては「学ばせた」という事実で安心するのでしょう。 しかしビジネススクールもピンキリですから、下手なところに行くと、結論仮説を作る前に、「まずは大事な情報を集めましょう」という感じで教えています。 大事って、何にとって大事なのか? もちろん、結論仮説を実証する上で大事な情報なのですが、それがないまま、情報を集めることが大事だと教えているのです。 堀さんも「できないコンサルほどすぐ情報収集したがる」と言っているように、ビジネススクールで誤った知識を身につけてしまうリスクもあるわけなのです。 こうして中途半端に知識を身につけた人に限って、たちが悪かったりします。「生兵法は怪我のもと」という言葉を聞いたことがあると思います。中途半端なやり方は、かえって失敗してしまうという戒めですが、まさにこれと同じことが起きるのです。 「自分は勉強したんだ」という自信だけが大きくなって、コンサルタントに対して対抗意識のようなものを燃やします。素直にこちらの言うことを聞いてくれません。 それどころか、重箱の隅を突つくような、本質とはかけ離れた指摘をして、全体の進行や理解を妨げるのです。
■ コンサルにはいくらでもケチをつけられる そもそもコンサルの言うことに対して、ケチをつけようと思えばいくらでもつけることができます。 役員会などに出ると、「なぜ将来のことを断言できるのか」とか、「それでうまくいかなかった例は1つもないのか」など、初めから敵意むき出しにして否定してくる人がいます。 どれだけサンプルを集めても、足りないと言われればその通りですし、キリがありません。 仮説を実証するための情報をどれだけ集めても、将来の予測の話なので、必要十分条件をすべて満たしているなんてことはあり得ないのです。 こうなると、もはやコンサルティングの障害以外の何ものでもなくなります。 一番の問題は、知識偏重の人物ほど、自分の頭でものを考えていないということです。 ものを考えているのであれば、頭の中にさまざまなアイデアが浮かんでいてもおかしくありません。そしてそのアイデアの信憑性にもある程度見当がついているでしょう。 そうであれば、ゼロかイチかという視点ではなく、シナリオAよりもBの方が信憑性は高いからもう少し詳細に詰めてみようとか、建設的な議論が生まれて、少しでも問題解決に近づくアプローチをするはずです。 知識はあるけれど、本質的なことを考える能力のない人が多い会社は、コンサルティングを行う上で一番やりにくい会社ということになるでしょう。 本来、知識は考えるための材料であるはずなのに、考えないための材料(知識)になっているわけです。 ■ 会議を見れば、会社のレベルがわかる 私は「会議」を見れば、会社のレベルがわかると考えています。 そもそも「会議の場で考える」というと聞こえが良いですが、言い換えると多くの人は何も考えないで会議に臨んでいるということです。 資料を持参していても、実質手ぶらで参加しているようなものです。そういう会社はまずダメでしょう。 会議のテーマは最初からわかっているのですから、「会議がどんな内容になるか」「誰がどのような意見を言いそうか?」「どのような結論になるか?」など、頭を働かせればかなりの確度で推測できるはずです。極端な話、会議をやる前に「会議録」を書いてしまうことだってできるはずです。 このことは、前にお話しした「結論仮説」にもつながってきます。 成り行きで結論を出すのではなく、皆がそれぞれ考えてきた結論を出し合えば、議論の質は高まり、結論の質も高いものになるでしょう。 こうした会社はコンサルタントとしてやりやすい会社というよりも、すでにコンサルタントを不要としている会社だと言い換えた方がいいかもしれません。つまり、このコンサルタントを不要とする会社こそが、コンサルタントをうまく使える会社だという逆説的な現実が確かにあるのです。
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