「非常戒厳」を宣布した韓国・尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する国会の弾劾訴追案は2024年12月7日、与党「国民の力」の大半の議員が欠席し、不成立となった。当日の午前中まで、可決の公算大とみられたが、大統領側は国民に謝罪した談話の発表と与党への水面下工作で何とか切り抜けた。 だが、尹大統領の実権は剝奪され、どんな形であれ退陣は時間の問題とみられている。与野党の対立が続く中、最高権力の所在は宙に浮いたままという異常な状態が続く。
■与党造反で可決の見通しが一転 「(尹大統領が宣布した)非常戒厳に世界が驚いた。これは党派の問題ではなく、大韓民国の歴史と民主主義の問題だ」「投票しない姿を国民がどう思うか、世界がどう見るか。歴史の評価が怖くないのか」。 韓国国会の本会議場に、禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長の言葉が響く。尹大統領の弾劾訴追案の採決で退席した与党議員たちに、議場に来て投票するよう繰り返し呼びかけたが、数人が戻っただけで廃案となった。
民主主義が完全に定着した韓国社会で、戒厳令という時代錯誤の禁じ手を使った尹大統領に対し、与党の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は即座に「不法、違憲な宣布だ」と非難し、自身を支持する与党議員らは野党とともに解除決議を成立させた。 その後も「尹大統領の早期の職務停止が必要だ」と述べ、弾劾訴追案に賛成する意向を示唆。尹大統領が国民に向けた談話を発表し、「非常戒厳」の宣布を謝罪してもなお、その姿勢を変えなかった。
韓氏のグループを中心に8人が賛成すれば法案は可決、成立した。韓国メディアは、与党内の駆け引きが続いているとしながらも、一部は可決の公算が大きいと報じていた。 しかし、いよいよ採決が迫った12月7日の夕刻。与党は弾劾訴追案に反対票を投じることを最終確認する。いったい何があったのか――。 与党関係者は、前日の12月6日夜、韓代表派を含めた与党の幹部がソウル・龍山の大統領室を訪ね、鄭鎮碩(チョン・ジンソク)大統領秘書室長と協議したことが大きな転機となったと明かす。
この席で大統領側は弾劾訴追案の可決を阻むため、さまざまな方策を提案。その中には、2026年6月ごろに予定される統一地方選までに尹大統領は任期を前倒しして退任し、大統領選との同日選を実施することや、現在は5年1期限りで再選が認められていない大統領の任期を4年とし、再選を認める憲法改正を認める内容も含まれていたという。 ■大統領任期変える改憲を提案 韓国ではこれまで、5年だけで終わる大統領の任期が多くの弊害をもたらしてきたとして、変更すべきだとの声が左右両派から上がってきた。尹政権の発足後も、ほどなくして、与野党が改憲を議論したこともあった。
だが実現に向けた最大のネックは、どの大統領から任期を変更するかで折り合わないことで、尹大統領も自身の任期は5年との意向を示してきた。 今回、大統領の退陣を求める世論が燃えさかる中で出した談話で、尹大統領は「私の任期を含め、政局を安定させる方策は(与)党に一任する」と語った。 自身の任期短縮と次期大統領からは再選を認める改憲の意思は揺るがないことを明確にする、韓代表や支持グループらに向けたメッセージだった。
ただ、改憲の提案などだけで、韓代表らが「弾劾」で翻意したわけではない。法案が廃案になった翌日の12月8日、韓悳洙(ハン・ドクス)首相と協議した後、一緒に記者会見に応じた韓代表は「秩序ある(尹)大統領の早期退陣により、大韓民国と国民に与える混乱を最小限に抑えながら安定的に政局を収拾し、自由民主主義を正す」と述べた。 与党関係者は、韓代表の意向はこの発言に尽きる、と話す。 今回の事態で、李在明(イ・ジェミョン)代表が率いる最大野党「共に民主党」は勢いづく。次期大統領選をいつ迎えるにせよ、このまますぐに突入するわけにはいかない。
さらにもう少し時間的猶予が生まれ、公職選挙法違反ですでに1審で有罪判決を受けた李代表の罪が確定すれば、出馬を阻むことができる。 ■勢いづく野党に窮余の「責任首相制」 与党内で孤立を深める韓代表らを含め、多くの与党議員らが最も気にするのが早期の与野党政権交代だった。 そんな思いを背に受ける形で韓代表は、混乱下ではなく、平和的に尹大統領にあらゆる権限を手放させることで、世論の理解を得ようと試みた。 そのため韓代表は「尹大統領は退陣前であっても外交を含め国政に関与しないだろう」と述べ、今後は韓首相と密に協議していく考えを明らかにした。
韓代表らが念頭に置いているのは、「責任首相制」とみられる。韓国大統領1人に集中する強力な権限を首相に分散させる制度で、尹大統領が当選後、導入の必要性を訴えていた。 これを援用して、当面は韓首相が韓代表の与党と協力しながら国政運営に当たろうとの考えのようだ。 韓国憲法は「大統領が欠けたり、事故によって職務を遂行することができなかったりしたとき」に、首相がその権限を代行すると定めてはいる。 だが、これらの動きに禹国会議長は「大統領の権限を首相と与党で共同行使しようというのは明白な違憲(行為)だ」と批判。野党の李代表も即座に「与党代表と首相が再び憲政秩序を破壊している」と非難した。
大統領任期を4年にし、再選を認めるという改憲は、もともと野党側でも賛成する声が少なくなかったが、李代表は今それを協議すべき時ではないとして、12月14日に改めて弾劾訴追案を国会で採決し、可決を急ぐべきだと訴えた。 実際に改憲となると、協議には2年程度の時間が必要とも言われ、野党側が「時間かせぎだ」と反発する理由にもなっている。 尹大統領の扱いをめぐり与野党が対立する中、明確に実権を持つ最高権力者が不在という異常な事態が韓国で続く。次の政治指導者の座を狙う候補予定者たちが、大統領選の時期を気にしつつ、韓国政界の混迷は長期化の様相をみせている。
Advertisement
Advertisement



Advertisement
Advertisement






Advertisement
Advertisement











Advertisement




















Advertisement