物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2024年12月9日号より。 【写真】田内学さんはこちら * * * 末は博士か大臣か。 かつての日本で、有望な子どもたちに向けて使われていた言葉だ。大臣とは「未来のための舵取り役」として期待を一身に背負う存在だったが、それも今は昔。 先日、トランプ次期大統領によって、スコット・ベッセント氏が財務長官に指名された。アメリカの長官は日本でいう大臣にあたる。 興味深いのは、彼が政治の世界にいたわけではなく、長年ウォール街にいて世界経済を見てきた投資家だという点だ。伝説の投資家ジョージ・ソロス氏のファンドの最高投資責任者の経歴もある。ソロス氏といえば1992年に、イギリスの通貨であるポンドに大量の空売りを仕掛けてポンド危機を引き起こしたことで有名だ。その結果、イギリスは現在でもユーロではなくポンドを自国通貨として使い続けている。そのソロス氏のもとで働いていたベッセント氏は「市場経済の力学」を知り尽くした人物である。 これまでも、アメリカの財務長官には市場経済に精通している人物を起用することが多かった。前回のトランプ政権で財務長官を務めたムニューシン氏はウォール街の投資銀行出身だったし、現バイデン政権の財務長官のイエレン氏は学者ではあるが、FRBの議長として金融市場と対話し続けてきた人物である。 今回、指名されたベッセント氏は法人税減税や関税強化などでアメリカの保護主義政策を推し進めると言われている。アメリカに対抗するために関税強化などで各国が対立するようになると、食料やエネルギーなどを貿易に頼っている日本はどうしても分が悪い。 世界経済が協調ではなく対立の方向に傾くのであれば、市場経済の中でうまく立ち回れる政策を打ち出す必要性が高まるだろう。 アメリカに比べると、日本の政策決定では市場関係者よりも学者の声を重視しがちだ。「自分の理論は間違っていない。日本の市場が特殊なのだ」という言葉を耳にしたことは一度や二度では無い。財政、経済、金融など市場経済が関わる政策の意思決定には、「市場経済の力学」を知る人物にもっと耳を傾けた方がいいと思うのだ。僕が金融市場にいたという贔屓目もあるが、市場を敵に回すのではなく、味方に取り込んだ方がいいのは間違いない。
実際に、そういった人事が行われている分野もある。我らの年金約246兆円を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)では、2020年に投資責任者として植田栄治氏を任命した。彼もまた外資系証券出身で「市場経済の力学」をよく知る人物だ(筆者が以前働いていた会社で上司であった時期もある)。市場環境が良かったこともあるが、4年で約96兆円もの収益を上げている。 日本もアメリカのように民間から国務大臣を指名することは可能だ。国務大臣の過半数は国会議員である必要があるが、それ以外は民間の専門家を採用することもできる。 ところが、10年以上、民間出身の大臣は誕生しておらず、仲良しの議員へのご褒美として大臣ポストが使われているように思えてならない。日本の未来へ舵を取る大臣のポストが、「希望」や「憧れ」を象徴し、子どもたちが将来なりたいと思えるような存在に戻る日を期待したい。 ※AERA 2024年12月9日号
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