1980年代から極秘裏にポルシェの4ドアモデルは開発されていた
いまでこそポルシェは4ドアモデルをいくつも作っていますが、1980年代の社内で4ドアモデルはタブーに近い存在だったようです。つまり、スポーツカーメーカーとしての沽券にかかわる、GTブランドは2ドアモデルにこだわるべき! みたいな雰囲気。 【写真】極秘モデルだった989! どんな形だった?(全10枚) ですが、ここに反旗を翻した人物がいました。誰あろう、のちにアストンマーティンを率いることになったエンジニア、ウルリッヒ・ベッツその人です。彼は1988年に試作モデル「989」と呼ばれる4ドア、フロントエンジン、後輪駆動車を設計・開発してみせたのですが、2009年のパナメーラまで、その存在は徹底的なまでに秘匿されていたのです。 989開発の経緯について、そのディテールはさほど明らかにされていません。わかっているのは、1980年代中盤、バイザッハの開発センターに在籍していたベッツと、デザイナーのハーム・ラガーイ(このふたりはBMWでZ1をともに作り上げています)が中心となってプロジェクトを遂行したことくらい。 また、エンジンは4.2リッターのV8エンジンが想定され、これはいうまでもなく928からの流用を見越したもの。350馬力、最高速度290km /hを目標値としていたそうで、シャシーとサスペンションについては、なんと959のものをアレンジするつもりだったとか。 ところで、ポルシェはこれまでも「夢のポルシェ」「ワンオフ911」のようなコンセプトワークを発表しており、有名なところではフェリー・ポルシェ博士への誕生日プレゼントと称して「パナメリカーナ」や「928-4」といった密かに研究開発していたようなクルマが少なくありません。 実際、928のシャシーを延長し、ドアや室内スペースを大幅に拡大した928-4はまさに989のテストベッドだったと考えても不自然ではないでしょう。928-4が〈博士に贈られた〉のは1984年のことですから、1988年に4ドアモデル「989」に発展したのは決して偶然とは思えません。
一度凍結するもパナメーラとして結実
さて、ラガーイがデザインしたクレイモデルを見ると、989が長らく秘密にされてきた理由も察しがつきます。ご覧のとおり、のちのパナメリカーナや996、あるいはボクスターのそっくりさん、というか元祖、オリジナルと呼ぶにふさわしい(笑)。つまり、生産が決定していた911の後継モデルや、ポルシェ起死回生の隠し玉をこのタイミングで公開するバカはいなかったということ。 1991年には試作実験車が走れる段階にあったとされていますが、首脳部は996やボクスターの開発を先行させるために989プロジェクトをいったん凍結させる決定を下しました。これも無理のないところで、経営が傾きかけていたポルシェにとって4ドアモデルはあまりにも無謀な挑戦に思えたに違いありません。 とはいえ、この決定に失望したのか、ベッツとラガーイはポルシェを辞めてしまいました。これまた、プロジェクトリーダーを失った989が誰にも思い出されることなく金庫に納められてしまった理由のひとつといえるでしょう。 ですが、やっぱり989情報はリークしてしまい、1990年代末にはマスコミが写真を発表し、2000年代に入ると博物館に飾られるまでになりました。いうまでもなく、996や初代ボクスターが旧型となったタイミングであり、2009年に発表となるパナメーラのイントロダクション、「ポルシェから4ドアFRモデル出るぞ」というあえての出品と考えていいでしょう。 いずれにしろ、989は世に出ることなく終わっていますが、このプロジェクトが動き出した時点で、ポルシェは2ドアのグランドツアラー専門メーカーを卒業していたといって差しつかえありません。さすがのポルシェといえども、911だけで食っていけるほど自動車業界は甘くなかった、そう考えるといくらか寂しい気もします。
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