ロシア西部クルスク州の10平方kmほどの一帯がロシア軍車両の墓場になっている。ウクライナで1年以上続くロシア軍の攻勢も勢いを失い始めるなか、これはクレムリンにとって迫り来る破局の前兆だ。 ウクライナが8月に侵攻したクルスク州では、2万人規模のウクライナ軍部隊が縦32km、横20kmほどの広さの突出部を保持し、攻撃してくるロシア軍と戦っている。その支援に当たっているウクライナ海兵隊のドローン(無人機)操縦士、Kriegsforcher(クリークスフォルシャー)は、担当する突出部北西縁の縦横3.2kmほどの区域だけで、大破して遺棄されたロシア軍車両をおよそ90両数え上げている。 これは1個旅団分の車両に相当する数だ。同じ区域でのウクライナ軍車両の損害ははるかに少なく、20両かそこらにとどまっている。 もっとも、ロシア軍とウクライナ軍の損害比率が4対1というのは珍しいことではない。ロシアによる全面戦争の開始から2年9カ月半の間に撃破された装備はロシア側が約1万4500点、ウクライナ側が約5200点と3対1ほどなので、それをやや上回るという程度にすぎない。 注目すべきはむしろ、ロシア軍がこれらの車両を失った時期と場所であり、それはロシアのウラジーミル・プーチン政権にとって不吉なものだ。これらの損害は、ロシア軍が11月初めからわずか1カ月の間に、クルスク州のウクライナ側突出部に対する2波にわたる攻撃で出したものだ。 ウクライナ軍による2023年夏の反転攻勢が頓挫し、その後ロシアが新たな攻勢に乗り出して1年あまりたつ現在、戦いの中心地はクルスク州になっていると言ってよいだろう。誤解のないように補足しておくと、ウクライナ東部のチャシウヤール、トレツク、ボウチャンシク、クラホベ、ブフレダルといった都市やその周辺でも激しい戦闘が続いている。 プーチンはロシア軍にクルスク州のウクライナ側突出部を来年2月までに排除するように命じたようだが、それにはもっともな理由がある。来年1月20日のドナルド・トランプ次期米大統領の就任を機に、米国とウクライナの関係は不安定な新時代に入るとロシアの政権は見込んでいるのだ。
クルスクでの攻撃第2波も「壁」にぶつかる
トランプは過去にウクライナへの援助の縮小ないし打ち切りをちらつかせたことがあるほか、当選後、ロシアに有利な和平条件を受け入れるようウクライナ政府に圧力をかけている可能性もある。 また、トランプの取り巻きのなかにはウクライナを公然と貶める者もいる。トランプの選挙キャンペーンに2億5000万ドル(約380億円)以上を提供した富豪のイーロン・マスクは、ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領が11月16日、ウクライナは独立国だとあらためて強調したインタビューなどを引用し、「彼のユーモアのセンスはすごいね」と嘲笑した。 1月20日以降何が起こるにせよ、プーチンは政治情勢が動いていくなかでロシアの領土を完全に取り戻したいと考えている。クレムリンはそのため、トランプの当選が判明してからほどない11月7日、ロシア軍と援軍の北朝鮮部隊の総勢6万人にのぼるともみられる兵員や優れた重装備をクルスク州に集め、突出部を攻撃させ始めた。 この第1波の攻撃は、突出部の北西の外れにある小さな集落ゼリョーヌイ・シュリャフを抜けた辺りの道路やその周辺で、ウクライナ軍の地雷やドローン、戦車、大砲の壁にぶつかった。ゼリョーヌイ・シュリャフはロシア軍が先ごろ戦争犯罪を犯した現場に近い。この攻撃は11月末から12月頭にかけて鈍化したが、それはたんにロシア軍の連隊や旅団が兵員や車両を補充するためだった。Kriegsforcherは11月29日、「これは本番前のウォーミングアップにすぎません」と述べていた。 12月7日、第2波の攻撃が始まった。だが、これも第1波と同様に成功していない。kriegsforcherは、すでにロシア軍の9両が撃破されたと報告している。 甚大な損害を被っているのは装備だけではない。ウクライナ側の発表によればロシア軍の人員の損害はこの数週間、1日1200~2000人にのぼっており、ロシア軍が毎月新たに集めている兵員およそ3万人を上回るペースになっている。数千~1万人強とされる北朝鮮からの派兵がなければ、ロシア側の兵員数は週に1000人以上減っているだろう。
シリアがまざまざと示した軍隊の崩壊の仕方
ロシア軍は最近、クルスク州の突出部北縁やウクライナ東部でわずかに前進しているが、その裏でロシア側の状態はだんだんと不安定になってきている。アナリストのアンドルー・パーペチュアは「個人的には、これらの前進はロシア軍にとっておおむね失敗だと考えている」と書いている。「ロシア軍は師団を丸ごと戦闘にぶち込み、まさしく破滅的な損害を被りながらほんの数km前進しているだけだ」 パーペチュアは「ロシアの軍隊の使い方は持続不可能だ」と断じる。 ウクライナ東部とクルスク州のロシア野戦軍が崩壊するのか、するとすればいつになるのかは見通せない。だが、最終的に崩壊する方向に向かっているのは明らかだ。そして、軍隊が崩壊するときには一気に、完全に崩壊することが多い。これについてはシリアの大統領だったバッシャール・アサドに聞いてみるといいだろう。アサド政権軍は、反政府勢力が連携した反転攻勢に出てから1週間かそこらで全面退却することになった。 ロシアの衰運を覆すものがあるとすれば、それは来年早々、ウクライナへの米国の援助がいきなり打ち切られることだろう。ウクライナ政府はこれまで、兵士の増員、土塁など防御施設の強化、時代遅れの指揮統制の改革、国内での兵器増産などに苦慮してきた。 こうした国内の危機を抱えながらもウクライナが戦い続けるのを助けてきたのが、米国による今年の610億ドル(約9兆1500億円)規模の新たな援助だった。しかしパーペチュアは「ウクライナはこの援助パッケージが尽きるまでに、こうした問題を絶対に解決しないといけない」と警告している。「次の援助はないかもしれない」 ただ、ウクライナには楽観的になれる理由も、ロシアが悲観的になる理由と同じくらいの数ある。国内の諸改革は実行されるかもしれない。米国の援助は、おそらく現状より厳しい条件にはなっても、継続される可能性もある。トランプ新政権は、欧州諸国の政府がすでにわかっていること、すなわちプーチン政権が本心では永続的な平和に関心がないことにすぐ気づくかもしれない。 ロシアはその間も、とうてい代償と引き合わないようなわずかな領土獲得のために、人員と装備を持続不可能なペースで失い続ける可能性がある。
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